――制度転換の前段として警戒すべき構造についての論点整理
近年、医療・介護分野において、不正請求やガバナンス不全を巡る報道が相次いでいる。
不正行為があれば是正されるべきであり、監査や指導の強化それ自体を否定するものではない。
しかし同時に、
「なぜ今、このタイミングで全国一斉・集中的に可視化されているのか」
という問いを立てることは、政策を監視する上で不可欠である。
本稿では、特定の意図や陰謀を断定するのではなく、
**過去の日本の政策史において繰り返されてきた“制度転換の型”**と照らし合わせながら、
医療・介護分野で今後起こり得るシナリオと、警戒すべき論点を整理する。
1.「不正」は本当に今、突然生まれたのか
医療・介護現場における制度上の歪みや、報酬設計の問題、事務負担の重さ、人材不足は、
決してここ数年で突然発生したものではない。
にもかかわらず現在は、
-
監査・指導の全国的強化
-
メディアによる集中的な報道
-
「信頼回復」「是正」を前面に出した世論形成
が、極めて短期間に重なっている。
これは「不正が急増した」というよりも、
**「見せ方・扱い方が変化した」**と見る余地がある。
2.日本で繰り返されてきた政策転換の共通パターン
日本ではこれまで、郵政、水道、電力、農業、大学、労働市場など、
多くの分野で次のような政策パターンが確認されてきた。
-
問題の強調(非効率、不正、持続不能)
-
規制・監督・基準の強化
-
中小・地方主体の負担増
-
撤退・統合・供給不安の顕在化
-
「現行制度では立ち行かない」という言説の拡大
-
例外措置・特区・外部化による制度変更
-
成功事例として全国展開
重要なのは、この過程が
必ずしも「悪意」や「陰謀」によって進むわけではない点である。
多くの場合、
-
善意の是正
-
効率化
-
持続可能性
といった「正しそうな理由」が積み重なった結果として進行する。
3.医療分野は「正面突破」が難しいからこそ要注意
医療分野には、今なお以下の原則が存在する。
-
医療法人の非営利性
-
病院・診療所の株式会社原則不可
このため、他分野のような「一気の民営化」は政治的にも社会的にも困難である。
しかしその一方で、すでに制度上可能となっているのが、
**医療の“分解”と“周辺の外部化”**である。
-
医療行為:非営利のまま
-
不動産:別会社保有
-
人材:派遣・委託
-
IT・請求:外部ベンダー
-
経営:MS法人・コンサル
この構造が進むと、
形式上は非営利でも、実質的な意思決定は資本側が握る
という状態が成立し得る。
4.「監査強化 → 経営悪化 → 解決策提示」という流れ
監査強化が進めば、当然ながら以下の影響が出る。
-
書類・IT・法務対応コストの増大
-
現場人材の疲弊
-
体力のない医療機関ほど不利
結果として、
「医療提供体制が維持できない」
「地方医療が崩壊する」
という言説が現実味を帯びる。
この段階で提示されやすいのが、
-
経営の高度化
-
プロ人材の活用
-
外部委託・DX
といった「解決策」である。
ここで注意すべき点は、
この段階では“外資”や“民営化”という言葉は前面に出ないということである。
5.想定される最も現実的なシナリオ
考え得るのは、次のような段階的進行である。
-
特区・モデル事業として限定導入
-
「成功事例」として評価
-
ガイドライン化・全国展開
この過程で進むのは、
「医療そのものの民営化」ではなく、
医療経営・運営構造の資本依存化である。
それは結果として、
国内資本・外資を問わず、
大規模資本でなければ参入・維持できない構造を生み出す可能性がある。
6.今、注視すべきキーワード
今後、以下の言葉が
監査強化と同時に語られ始めた場合、注意が必要である。
-
「例外措置」「モデル事業」「実証」
-
「経営の高度化」「ガバナンス強化」
-
「包括委託」「運営権」
-
「不動産と運営の分離」
-
「再編」「集約化」「統合」
これらは単独では正当な政策用語であるが、
組み合わさった時、制度転換の前兆となる。
7.結論:これは断定ではなく、警戒のための視点である
本稿は、
「医療分野で外資による乗っ取りが進んでいる」と断定するものではない。
しかし同時に、
過去に何度も使われてきた政策手法が、同じ形で現れつつある可能性を
見過ごすべきでもない。
不正を正すことと、
制度の不可逆的な転換を防ぐことは、両立できる。
だからこそ、
監査強化の“次の一手”を冷静に見張る視点が、
今、求められているのではないだろうか。

