過度な推し活は、なぜ「宗教」になるのか

――ファンを壊す構造の正体

「応援しているだけのはずだった」
気づいた時には、時間もお金も心も引き返せなくなっていた。
それは個人の弱さではない。構造の問題だ。

1. 入口は善意と承認

最初は誰もが同じだ。
「見てほしい」「覚えてほしい」「応援したい」
少額の支払いと引き換えに反応が返ってくる。
この瞬間、脳は学習する。
支払えば、存在が保証されると。

2. 応援が“責任”に変わる瞬間

次に導入されるのが競争だ。
ランキング、枚数、限定、比較。
「推しを負けさせたくない」という感情が、
応援を義務に変質させる。

3. 不可逆ライン

時間・お金・感情を一定以上投入すると、人は立ち止まる。
「ここで引く=自分が間違っていたと認めること」
この痛みは、想像以上に大きい。

4. 自己正当化ループ

戻れない人は考えるのをやめる。
疑問は敵になり、批判はアンチになる。
運営を守ることは、自分を守ることになる。

5. 宗教化の完成

内側は善、外側は悪。
離れる人は裏切り者。
ここまで来ると、抜けること自体が不可能になる。


太客は、なぜ止まれないのか

太客が恐れているのは、失ったお金ではない。
自分の過去を否定する痛みだ。
だから疑うより、信じ続ける方が楽になる。

これは特別な人の話ではない。
誰にでも起きうる、人間の心理だ。


危険信号チェック

次のうち、3つ以上当てはまったら要注意。

  • 応援額が競争で煽られている

  • 買わないと罪悪感が生まれる

  • 疑問を言うと空気が悪くなる

  • 運営批判=アンチ扱い

  • 推しの不調や弱さが売上に使われる


最後に

太客は悪ではない。
悪いのは、人を戻れなくする構造だ。

応援は義務じゃない。
減らしても、離れても、裏切りではない。
立ち止まることは、恥じゃない。

この構造を知ることが、
次の被害を止める一歩になる。

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